うつは悪いことじゃないし、つきあえる

私はうつになる人の気持ちがわかります。

何故なら、私もうつになるからです。何故そのような性質になってしまったかとか、それがいいとか悪いとかは、ここでは語りません。

ここでは、そういう人たちと気持ちを共有しあう事。そして、私がどうその気持ちと付き合っていっているかをお伝えしたいと思います。

人生が嫌になってしまうこと、あります。あるというかいつもそうです。
幸せに生きようとか、自分次第で幸せになれるとか、そういうアドバスはそこいらじゅうに転がっています。でも、弱ってしまった時はそんな事はどーでもよくよて、そもそも自分で考えて奮起しようとしたり、誰かに何か判断を求められたり、前向きに生きようとか真面目に生きようとか、こんなんじゃダメだとか、病院に行かなくちゃとか、そういう事を考えること自体にもう疲れちゃって、食べることも、お風呂に入ることもすべてにやる気がなくなって、早くここから消えてしまいたいって、そんな気持ちになるものです。全て義務でやっている。とにかく解放されたい、それしか頭にないのだと思います。

「誰だってそういう時はあるよ」っていう人は多いし、事実そうなんだろうけど、その「うつの世界」に引きずり込まれた時の、恐怖感や絶望感、無気力を感じる具合は、うつになったことがある人しか分からない壮絶なものです。だから、分からない人に分かってもらおうとしても無理があります。分かる人は同士だけです。たとえ、それが自分一人だけだとしても、それを善悪で白黒つけようと思わないでください。それは、指紋と同じ、個性なのです。

私は、弱いです。自分に甘いです。それでいいとは思ってません。強くなりたいし、自分を幸せにするために自分なりの努力しています。義務として死ねないからです。でも本音を言えば、消えてしまいたいです。幸せとか悲しみとか、楽しいとか辛いとか、別にいりません。親が悲しむから、配偶者が困るから、義務として生きています。今すぐ心臓が止まると言われてもかまいません。よくそんな無責任な事言えるね、と言われてもいいです。

基本的にこのような考え方なので、心から楽しい時はありません。でも死ねないのでどうにかこんな自分と付き合っています。どうやって付き合っているいるかというと、疲れたら考えない。睡眠をとる。少しの食事にする。という事だけです。なんだ、そんなことか、と思われるかもしれませんが、これが私にとっては最強です。

私は、慢性的に人生に疲れています。なので休みが必要なのです。考えない、ということは、うつな自分と立ち直ろうとする自分とが常に闘って疲れ果てた脳に余裕を与えてくれます。少しの食事は、消化にやさしく内臓を休め、血糖値の急上昇もない為、体へ与える変化が少なく体を休めてくれます。睡眠は、脳と体を休めます。後は、運動をして肉体を健康にすれば、尚いいと思っています。

休んだ後は、脳と体にエネルギーを与える事です。脳へは与えるエネルギーは、自分が選んだ本を読むことです。ジャンルはなんでもいいのです。自分が読みたいと思った本を読みます。体へは、運動です。歩くだけでもいいです。義務感を感じない運動をします。

これで私は個性豊かな自分と付き合っています。

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