人生の仕組み「交換」

物事は交換で成り立っているという本質に気づこうというのが今回のテーマ。

働いて賃金を得る。お金を出して物を買う、時間を買う。自然界に対しても、二酸化炭素を出し、酸素をもらう。見の周りを見渡してみると、あらゆることは「交換」で成り立っている。

交換は、需要と供給のバランスがとれていて、交換をするお互いが利を得られるということがあるべき姿である。

人生において、いいポジションをとっている人というのは、この交換においての術が長けていると思う。交換というのは何も物質的なものだけではない。外国語が話せる、上手なあるいはキレイな母語が話せるという言葉の交換もある。言葉遣いの汚い人と喜んで言葉を交換したい人はいるだろうか。色々な交換について考えてみればみるほど奥が深い。

卑屈でつまらない人生を送っている人がいるとしよう。その人を考えた時、彼らは何かを交換しているだろうか。その人の持っている何かを誰かが必要とし、欲して交換を申し込まれているだろうか。おそろらく答えはノーだろうと思う。

これを自分にも当てはめてみる。もし自分が何かを交換していると言えるなら、その対価を得ているはずだ。その対価が足りないなら、交換しているものの価値がその程度のものであるか、または、見合わない相場(不利な立場)に置かれているかのどちらかだろう。往々にしてそれなりの対価を得ているだろうし、思う以上に得られているなら、それが切れぬようもっといいものを差し出そう。

自分ははたして「交換」が出来ているか?それを自分自身にといかけ、交換できるものを捻出したり準備したりする事が大切ではないだろうか。

ビジネスが姿を変えていく理由のように、いつまでも変わらずに交換され続けるものを持つということは難しい。その時の自分の環境や年齢、経験にあった交換物を用意して、与えて・与えられるというサイクルを作り出していく事が必要だと思う。

何もかもがうまくいかないときは、自分が差し出すものが何もない、誰もそれを受け取りたい人がいない、そんな状態だと思う。周りのせいにするのではなく今一度、交換するものがあるのかどうか俯瞰してみようと思う。

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