直感や勘は超計算の結果

直感とはアレコレ考える前に感覚として手応えを受けるもので、勘も同義語だがコチラには少し思考伴ってから手応えを受けるものだと私はとらえています。

これは私が25歳位からの持論なのですが「カンはスーパーコンピューティングの戻り値であり、十分に信頼するに値する」というものです。
私はコンピューターエンジニアを仕事としていたのでこのような「へ?」と思うような表現になってしまいますが、コンピュータと言うものは超速で計算(演算)する装置です。スマホやパソコンも計算とは程遠いようですが、画面の表示を始め、アプリも全ては計算で成り立っています。

つまり、スーパーコンピューティングとは超計算(超演算)のことで、脳は有機的なコンピュータであることから、カン(直感や勘)とは、生命体の奇跡である人間の脳で、超演算をした結果なのだ、ということを言いたいのです。

この脳(私用語ではバイオスーパーコンピュータ)は、アレだコレだと、考える顕在意識から司令を受け取ることなく、無意識レベルで身体が受け取った情報をモトとして、ストレートに無意識レベルでその情報を処理します。

この時に使われるのは、潜在意識に記憶された今までのすべての経験や知識、無意識に外側の世界(社会や自然)から受信している情報です。これらと瞬時に照らし合わせを行い、自分も気づかないような速度ではじき出された結果が「直感」だと思っています。

人は何か選択の意思決定をする時に、例えば交際相手や結婚相手の理想像を決めるとき、その人の経済的、外見的、生活的、人間的な要素を打算して、理想の人物を創り出します。これは脳に対して、計算するにあたってこれらを考慮せよと、いう条件を顕在意識が与えています。これに対して、直感はこのような打算的な条件を与えられずにはじき出された結果であり、それは真の自分自身で決めた結果と捉える事ができます。

自分の成熟度合いが足りていない場合、顕在意識というものは大した信頼性がなく、無意識に対して余計な指令をだす場合が多いと私は考えているので、直感というのは、生まれてから今この時までに培われた「本当の自分」が目にも止まらぬ速さで、はじき出した計算結果だと思っています。

「勘」というのは、これに多少の顕在意識による思考が良い形で混ざったものです。

人からどう思われようが、自分の顕在意識がどう反応しようが、このスーパーコンピューターが行ったことは、十分に信頼できるものだ、ということが今回私が言いたい事です。それを採択して後悔は絶対にない。その結果、もし自分が思うような進路を辿る事が出来なくとも、とてもとても大切な事を運んでくれるはずです。真の自分の声を信じてあげて下さい。

※以下、私がコンピュータエンジニア相手にこれを短時間で説明する場合、どう言うだろうか。の文です(笑)

脳は、スーパーコンピュータです。直感とは、自分が生きてきたあらゆる情報をデータベースとして、顕在意識からの余計なパラメータ付与無しに関数(メソッド)を実行します。データベースアクセスでは、「自分DBMS」の全てのスキーマをまたぎクエリが発行されます。これはギガFLOPSを遥かに凌駕する速度で演算されます。そして、リターンされた値、それこそが直感なのだと私は思います。

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