絶望の先にあるもの

離婚をしたのを機と考え転職したけど冴えず、過去と現在を見つめては、悔しさにまかせて毎晩泣いていた日がありました。毎晩、毎晩独りで泣きました。泣いて後悔している事が自分の救いになり、楽だったように感じます。

休みの日も泣いていました。自分に絶望しました。本気で絶望しました。酒を飲み、煙草を吸い、クリニックでもらった大して効きもしない薬を飲み、入眠剤を服用して眠る。こういうのが廃人の入り口かと感じ、悲劇の物語の主人公になった気分でむしろ心地よさすらそこに求めていたと思います。

とことん孤独を感じ、とことん周りをネガティブに見て、もうペチャンコになるまで潰れた時、本当の自分の声を聞くことが出来た気がします、僕の場合は。中途半端に、俺はダメだとか、疲れた、いや頑張らなくちゃ、とかそんなレベルじゃなく、心底自分をダメで、自分は腐ってて、価値もない、誰も助けてなんてくれない、人に期待しても無駄だ、と確信すると、もうそこには絶望しかなく、自分しかいないことに気付くんですね。死ぬか・まだ生きるか、選択肢はそれだけ。それを決めることは、誰でもない自分だけなんですよ。そこで初めて、自分が全てを決めているのだというこの世のカラクリに気付きました。

死ぬことばかり考える自分もいたし、助けてくれ!という自分もいた。助けを求めても、自分独りなので自分で自分を助けるしかないですよ。これは俗に言うショック療法だと思います。まず自分に助けを求め、助けを求められた自分は行動しました。何かヒントになる本を探し、何かヒントをくれるかもしれない人と会い、全部自分で決めて自分で行動をしたのですね。

それから私はだんだんと「自分に見えているものは、自分が解釈して見ているものである。自分に影響を及ぼすものは、自分の解釈基準によって感じているものである」「すべてものをどう見るか、どう感じるかは自分次第でどうにでも解釈できる」という事を信じるようになりました。

ネガティブな思想からなかなか抜け出せないなら、とことんネガティブになってみればいいと思います。冷たい地面の上でも、冷たいアパートの床でも、うずくまって、ウーウー低い声をあげて、とち狂って泣いて、底辺を見てみればいいと思いますよ。それくらいしないと気付かないのではないでしょうか。

私はムチを使わずに物事を進めたい性格の人間ですが、本当にネガティブから出たいけど出られない人、ポジティブな方法を読んでも他人事のようでキレイごとにしか聞こえないという人は、やってみていいと思います。ショック療法を。
あなたが助かることを私は心から望んでいます。