運というものは

実力があっても運がないと実らないとか言われる事について考えてみた。

実力をつける事とか努力を継続するとか、間違いなく大切な事だと思う。けどやはり、未来の事なんてわからない、という大前提の下では、我々のこの先と言うのは多かれ少なかれ運というものに必ず影響されるものと認めるしかなさそうだ。

じゃぁ、何かを求めて頑張っても結局は運なんだから無意味じゃん。と言うのは気が早い。

普段の行いや考えの小さな積み重ねが無意識に運を作っているのではないかと思う。無意識にしていること(習慣もコレ)、潜在意識レベルまで染み込んだ考え方(性格もコレ)。これらが、今よりあとに運と呼ばれるものを運んでくるというか、作り出すのではなかろうか。たとえそれが幸運でも不運でも。

そう考えると、いっときその場かぎり、小手先だけで運を良くするというのは、不可能だということもわかる。

もちろん、運のすべてがそうだとは言えないけれど、この考え方だと、運を呼び込む方法が存在するという話もあながち間違ってないなと。

たとえば、私は人運はいい。金運は良くないが、心底人運はいいと感じている。

私は人を大切にすることが好きだし、尊敬するし、感謝する。自他共に重いから誰かに依存しないし、受けた恩は本人に返さないなら誰かに返したい。
これは一部であるが、人を敬うことは僕の信念であり、かなり無意識レベルまで落ちている事だと思う。
これが自分の意識しないところで習慣や行動に表れて、いつの間にか自分を取り囲む人達は、優しく、有能で、魅力的な人たち。引いた「人クジ」は、「当たりクジ」なのではないかと思う。しかし、私がこれと同じ重さの思いをお金に持ってきたかと考えると、間違いなくノーだ。

金運をよくしたい場合に「あー金がほしー」、「黄色い財布かってみよーかなー」とか「宝くじ当たんないかなー」とかそういう小手先の手法や単なる欲望では運はやってこない。間違いなくやってこない。

お金を大切にし、お金を得ること、使うことに思いや考えをもつこと、世の中のお金の仕組みを学ぶこと、などなど。こういう積み重ねが、金運を呼び込むのではないかと。

長財布を使うと金運が上がるというのは嘘であって、その本質的な部分とは、お金を折り曲げずに物理的に大切にする気持ち、所持金を確認しやすい、カード枚数に限りがある等々、お金に対する意識と習慣であると思う。
そういうレベルにある人たちが長財布の使用に行き着いたわけで、ただ長財布を無関心に使っていても、金運なんてやってこない、くるわけがない。だから、金運を望むなら、お金に対しての習慣や考え方を変えて、それらが塵のように積み重なって運として運ばれてくる時を作り出す、それが金運を上げる方法の一つではなかろうか。

何か運が欲しい場合、まずは興味を持つこと、そしてそれを深める事だという結論に至った。


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