朝のパニックの恐怖

妻の葬儀が終わり数日したころからだっただろうか。僕には毎朝パニックがやってくるようになった。

起きたことを思い出そう。綴ろう。

朝、スマートフォンの目覚ましが鳴った。その時は、やっと妻と一緒に寝ていたベッドで再び寝ることができた初日だった。いつもと同じメロディーで僕を起こした。これがパニックの原因で、妻と幸せに暮らしてきた時とまったく同じベッドそして同じメロディー、同じ朝。条件がまったく同じ中で体や意識が反応した、その瞬間に妻がもういないことを認識する。この時に強烈な喪失感と絶望感に襲われ、現実を受け入れたくないのだろうか、心拍数が上がり、声を出して、体をばたつかせる。この時から、スマートフォンのアラームのメロディを変更することにした。

朝、目が覚めるとまず知る「妻は亡くなった、もうどこにもいない」。この瞬間に、またパニックがやってくる。心拍数が上がり、空気がやたら薄く感じた。吸っても酸素が含まれない空気を吸っているようでその苦しさに動転してくる。ベッドから飛び出して、リビングを抜けてベランダに出た。空気を吸った、自分を落ち着ける為にゆっくりと深呼吸をした。それでも空気が薄かった。数回深呼吸をすると、もうあきらめて、2月の寒さにも耐えられず室内に戻る。「苦しい、空気が薄い」ベッドに戻り、落ち着こうとした。妻に会いたい。その時急に僕の目が妻を捉えたくて仕方がない感覚になった、もう一度見たい、この目で3次元の空間に存在する彼女を渇望する。写真をみたいわけでもない、現実の空間にいる彼女を視覚として感じたい。無理だってわかってる。その後、耳が同様の要求をしてきた。彼女の声を聴覚で感じたい。録音じゃだめだ、実際の空気を伝わって届く妻の声以外だめで、視覚と聴覚が、薬物依存のようにあの時の感覚を求めてきた。パニックになった。この後は、確か姉に電話をして話すことで落ち着きを取り戻した。

朝、目を覚ました。おかしな夢だったとだけ覚えいる。その瞬間、記憶が蘇ってきた。僕がバーのカウンターに座っていて、その右側の席に妻が座った時のことを。出会った時の記憶だ。タバコを隣で吸ってもいいかどうかを尋ねたことが、きっかけだった。あの時、彼女を素敵だとおもったこと、胸がときめいたこと、もっと彼女のことを知りたい、楽しいと感じたこと、続々と記憶と感覚が蘇ってくる。来た!パニックになる!そう思った。体を起こして、リビングのソファーに飛び乗るように座った。「来るぞ!来るぞ!パニックが来るぞ!大丈夫だ、大丈夫だ」その言葉を繰り返すことに集中した。「大丈夫だ、大丈夫だ」それを繰り返すこと、言葉を言うことだけに集中した。比較的短い時間で、混乱状態から抜け出すことができた。

目覚めた時というのは、まだカラダのシステムがきちんと機能しきっていない。人間の制御機能がまだ未起動な部分がある。論理的に考えたり、行動を起こしたり、抑制したり、それらの高度な機能がアクティブ状態になる前に、本能に近い部分、記憶や感情が先にアクティブになり、それらによってもたらされた影響を自分が制御できなくなくなってパニックになるのだと思う。これがいつまで続くのかは分からないし、いつ頃からこうなり始めたかもよく覚えていない。明日の朝もこれがやってくると思うと恐怖だし、この先もずっとこの時間と闘わなくてはならないのかと思うと気が滅入ってくる。

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