例えば5億円

苦労や困難、新たな課題をポジティブにとらえるために。

僕は今は五億円という大金を使いこなせる技量はない。しかし今、そしてまた明日、自分自身の精神成長や、経験データベースの蓄積を増やすことで、本当に五億円を手にした時にそれを扱える自分がいると考えている。あらゆる困難が起きる事にたいして対処する気力体力行動の訓練は、未来にやって来るかもしれない今の想像を超える境遇に対しての準備をしていると捉えている。

五億円を扱えない人間であり、そのような世界に到達していないから五億円は私のところにはまだ来ない。しかし、もしあの奇妙な宝くじというもので、五億円を手にしたらどうなるだろうか。自由に幸せに生きられるだろうか。僕はそうは思わない。色んな外部の人達からの誘いに振り回されたり、やった事もない種類または額の投資をしてみたり、自分に対する勘違いをし始める。つまり未経験な事ばかりが起き、正しい選択が当然出来なくなり、五億円をすぐに無駄に失うか、もっと望まない目に遭うと思う。

何の為に成長をし続ける事が必要なのか、それはもっと良くなる未来を正しく迎え入れる為にあると考えている。

私は若い頃に、バイクで速く走る事に夢中になった。250ccのバイクで峠を他者と競ったこともある。だいぶん速く走れるようになり、知らない人からも速いですね、と言われた頃、私は思った。「1000ccのスーパースポーツバイクを僕が手に入れたら、ほとんど敵はいなくなる、僕は若くて金がないから小さな排気量のバイクに乗っているだけ」と。
社会人になり、あれから数年後、ずっと部屋に飾写真をっていた憧れの1000ccのスーパースポーツバイクを中古車で手に入れるチャンスに恵まれた。それはもう、興奮と満足感、そして3秒で100km/h、10秒で200km/hを超えられるその強力なパワーに圧倒された。

しかし、実際はどうだったろう。手に入れて間もなく、調子に乗ったUターンでパワーをコントロール出来なくて転んだ。Uターンごときで転んだのだ。修理費が痛かった。競った走りをした時も2回ほど転んだ。まぁ、その修理費の総額と言ったら大変なものだった。250ccで天狗になっていたあの頃、1000ccスーパースポーツバイクを手に入れたら無敵だと思っていた事が、いかに未熟な考えであったか、よく分かった。そのパワーその車格をコントロールするには、もっとそれなりの経験、技能が確実に必要だったのだ。

この一例からも学べるように、上の世界に行くには単に環境を手に入れるだけでは成り立たないという事。それをハンドリング出来るだけの能力を段階を追って身に着けないと、そのギャップにやられる。何度も転んだ僕はどうなったか、いつしかそのパワーを恐れ、また失敗して転ぶのではないかという観念に囚われた。あの頃、走りたいように走り、常に向上心を持って走っていた自分とはかけ離れた自分になった。このスランプから立ち直るにはそれなりに時間を要した。

この事は、人生というコースを走る多くの人に当てはまるのではないかと思うし、理解してもらえたら幸いと思う。

取り扱う事が出来ない夢事は、手元にはやって来ないし、手元に来たとしてもそれは必ず苦悩や努力を後払いで請求してくる。だから、日々のあらゆるトレーニングは未来の素晴らしい時をハンドリング出来るだけの相応しい自分を作る為の準備だし、準備出来ている所には結果がやってくるのだと、私は信じている。

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